素人男子大学生による古典派音楽のススメ

クラシックとは

想像しやすいのは、ベートーベンやバッハ、チャイコフスキーといった音楽家の音楽。

基本的には、書物の古典と同じく、古典的な価値のある、つまり“時の試練”に耐え抜いた、“時代を越えて愛される”音楽と言って良いだろう。

それらは、“伝統的な西洋の音楽”と同義でもある。

オーケストラによるクラシック演奏の魅力

まずは、その豊かな音色と、それに伴う表現の豊かさ、そして、ある程度の規模のオーケストラになると、迫力を帯びる。

さらには、指揮者の指揮も、曲の調子のみならず、指揮者の個性も表現しているので、見ていて惹かれるものがある。優しそうな笑顔が印象的な、“お爺様”による老練でありながら、優しく、それでいて上品な力強さを見せる指揮もあれば、気鋭の大人の“小柄な女性”による、全身の筋肉を目一杯使った、激しく、力強い指揮も、“無垢な男子学生”による、“教科書通り”でありながらも、丁寧で、隙あらば、個性を覗かせる若さ溢れる指揮もある。

その、指揮に共鳴するように、オーケストラはクラシックを奏でる。その様は圧巻である。

無論、演奏は、舞台上の者だけで成り立つものではない。

それを聴く、客がいてはじめて、演奏は完成する。それは、読み聞かせが、“読み”ではないのと同じ理由である。聞き手がいて、聞いてもらうから読み聞かせである。

演奏を心から味わい、音楽家を尊敬し、そして、演奏の後には、惜しみ無く拍手を送り、音楽家は、それに応えて礼をし、また、演奏をするのである。

音楽も、スポーツと同じで生で“参加者”として体験するのが最も良い。

日本人であり、西洋に関する特別なルーツも造詣もない私が、不思議と西洋の“従順な自然”の下で生まれたクラシックミュージックに心から癒されるのである。

クラシックミュージックは、きっと産まれてはじめて聴いても美しいものなのではないか。

オススメの曲

こちらは、4分少々の序曲、つまり、始まりをつげる曲であるが、華々しい始まりのイメージのこの序曲中には、物事の始まりから終わりを全て包含したかのような、華々しさ、生き生きとした強さ、儚さ、優しさ、穏やかさ、弱さが詰まっている。

つまり、まるで奇想天外でありながらも、力強い人生のような曲である。全体としては、華やかで力強く、そして、美しい印象が強く、だからこそ序曲なのだろうと感じさせられる。

命あるものが持つ、繁栄と衰退のドラマを、前向きに、強く美しく凝縮した曲と私には感じた。

この序曲は、最初から最後までクライマックス!だと思っている。

人生もそんな風に見るといいかもしれない。

 

こちらも、全体として華々しく、力強い曲である。11分程ある。始まって、間もなく、その壮大で優雅かつ、品のある雰囲気が感じられる。

曲のイメージは、威厳のある壮年の男性という感じ。

もっとも有名である、リンク先の動画の8分あたりから始まるメロディーは、圧巻。

これほど荘厳で華美な音楽は中々ないのでは。

なんといっても、6分40秒あたりからはじまる、メロディーが堪らない。

こんなに高い次元で優雅さと力強さが、或いは、穏やかさと激しさが同居する旋律があるのか…という感じ。

曲の具体的なイメージとして、中世の、まだ女性としてのその地位を確立していなかった貴婦人が、女性としての誇りを誇示しつつも、華麗に舞う姿が脳裏に浮かぶ。

14分程あるが、上の二曲も同様、全体を通して、止まることなく聴いて頂きたい。

まとめ、お断り

この他にも、オススメの曲がまだまだありますが、とりあえず以上の3曲にとどめております。

決して、私は以上のような音楽は勿論、音楽一般の造詣が深い人間ではありません。

この記事は、無知でいながら、感じた、個人的なクラシックミュージックへの思いを形にしたものですので、どうぞ、暖かい目でご一読頂けますことを願っております。

知識が増えた後にも物事の魅力はありますが、それがない中で、自らの心のフィルムを通して味わう音楽があり、そこから得た感動(それがこの記事の要綱)に皆さんが少しでも共感を感じたり、そこからクラシックミュージックに興味を持ってくださったら、この上ない幸せです。

オススメの書籍

上記の書籍のレビューはこちら↓

http://www.『クラシック音楽のすすめ』(講談社現代新書)著・大町陽一郎.com/|https://ameblo.jp/sincostan5870/entry-12410086779.html

 

 

 

 

 

 

 

小学校の卒業式に参加して考えたこと-学校という小さな世界における平等とは、少数派とは

 昨日は、小学六年生の弟の卒業式に参加させて頂いた。

 午前中から雨天が心配されたが、見事な晴天に恵まれた。卒業式は午前中で終わり、午後からは天気が一気に下り坂となった。こうして、午前中の晴天は余計に有り難く感じられるのであったが、ただ一つ、不満をあげるなら、風が強く、ここ最近の中では、寒さが際立っていた点である。残念なことに、母の風邪は冷え込んだ体育館での約二時間の中で悪化し、明石家さんまの2倍は声がハスキーになった。

 話題を卒業式に戻す。よく考えてみれば、こういう機会は貴重であると思う。弟とは歳が8つ離れている故に、20歳にして(21歳が目前に迫るが)、小学校の卒業式に参加できた。そして、自分の卒業式の日を、自然に振り返る機会になった。約8年前の私の卒業式は、たしか、同じように晴天に恵まれた。

 ただ、その日は、たしか3月11日だったはずである。東日本大震災の日であった。

 式が終わり、家に帰るまで、それを知ることはなかった。

 その日、今だから言えるが、前日にインフルエンザと診断されたにも関わらず、なんとかして卒業式に強行出席したのであった。それゆえ、ほぼ全員の参加する、二次会(ボーリングだった)には参加できず、式が終わり次第、帰宅した。

 そして、帰宅後にテレビを見て、東北を中心に未曾有の大震災が起きたということを知ったのであった。

 あれから8年が過ぎた。そして、昨日、成人した自分は、再び弱冠にして小学校の卒業式に参加することになった。

 卒業式の日に、あのような大震災が起こった意味はないと思うが、人間が大自然の前では如何に無力で、小さな存在かということ、それゆえに、他人と助け合い、一生懸命に生きることが尊く、大切であるということを忘れないことが、私の使命であると思う。

 再び話題を戻す。保護者の視点で見る、初めての卒業式であった。特別な緊張感や高揚感の微塵もない初めての卒業式であった。

 私の小学校は、2クラスあり、60人程が一緒に卒業を迎えた。(ちなみに、私は小学4年生の途中に転校を経験した。これも、今考えても貴重な経験である。)だから、私の目に弟の卒業式の規模は、新鮮に映った。4クラス約130人の卒業生がそこにいた。保護者の数も、当然多く、小学校の比較的狭い体育館は、缶詰め状態であった。自ずと、最後尾の私の位置は、約130人の“主役”から、かなり遠くなった。

 中学校の私の学年は、120人足らずだったから、その中学校の卒業式を越える人数規模だったということになる。

 式は、人数が多いゆえ、比較的スムーズに進行した。

 ただ、“主役”の一人一人がしっかりと証書を受けとった。そして、各々が自らの席に戻る前には、証書を保護者席に、堂々と見せつけるのであった。このような演出を、私は経験したことがないが、卒業式のメインイベントに際して、保護者のシャッターチャンスが増えるのだから良いのだろう。個人的には、格好悪いと思うが。

 その後、校長、教育委員会の代表者からの祝辞が“主役”に贈られた。

 小学6年生に対しての祝辞を、大学2年生の耳で聴いた。

 校長からは、桜の蕾が膨らみ始めた、春のよき日に~という、御決まりの文句に続いて、
校長の祝辞は、キング牧師こと、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏の、

I have a dream”の演説についてだった。校長が、特に感銘を受けた部分は、そこそこ流暢な発音で原文を読まれていた。その重要部分は、

「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である。」引用元は以下「私には夢がある」(1963年)|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN演説については、こちらをご覧ください。日本語字幕がついています。https://youtu.be/eQ6q2cnVXqQ

という部分だった。人種差別は絶対悪であり、人類は平等の下に存在すべきだということを、これからを生きる者達に伝えたかったのだろう。 

 続いて、教育委員会の代表者からの祝辞。こちらは、持続可能な開発目標(SDGs)について。

持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標です。持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。引用元は以下(一部省略)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

 こうして見比べると、両者が共に、「平等」を訴えたことがわかる。

 様々な子どもが集まった学校という組織は、ある面で、世界の縮図であり、そこには様々な差別、不平等が存在している。

「イジメ」が社会問題になってから、時計の針はどれ程進んだだろうか。

「イジメ」とまではいかなくても、学校には明らかな差別や、不平等が存在している。

 それらを、今の教育委員会および、教育関係者の内の特に権力のある者が、どれ程真剣に考えているのか分からないが、彼らの言葉が少なくとも私に「響かない」のはどういう訳か。

 私も含め、まだまだ現代社会は少数派に厳しい。そして、私は弱く醜い人間である。だからこそ、私は変わろうとしている。意識できる範囲から、少数派を思いやることが大切である。

 私は、少数派に寄り添える人間でありたいし、自身が少数派に属することを恐れない人間でありたいと強くおもう。

 例えば、数が少ないことを理由に苦しめられている人を救うことで、自らが少数派に転じるような状況があろうとも、それを恐れないで、救いを必要とする人に、救いの手を差しのべる様な人間である。

 無論、少数派を救うことで、救った者が少数派に転じることがない社会には、もはや少数派と見なされる存在はいないのかもしれない。

 では、このことを学校に近づけて考えてみる。

 学校には、発達障碍(しょうがい)、身体的障碍といった様々な障碍を抱える児童、生徒が所属するクラスというのが大体ある。彼らは、そうした特別支援学級にクラスを持ち、通っているのである。(特別支援学校も数は少ないが存在する。そこでは、勿論、障碍児、障碍者は少数派ではない。)

 各々のクラスから、彼ら、彼女らは、毎度、緊張しながら“少数派”として、健常な多数派のいる“一般”級(健常な児童、生徒の所属する通常のクラス)へと、指定されたタイミングで向かうのである。

 彼ら、彼女らが、本当に笑顔で、自然体でいられる一般級はどれだけあるだろう。

 何らかのハンディキャップを抱えた彼らを、率先して助けようとする者は、経験からすると、クラスの中に二人程度しかいないのが常である。

 障碍の種類によって、接し方を変える必要があるのは勿論だが、“ゲスト”として、時より授業にやってくる者を、笑顔で、暖かく迎え入れる一般級はどれだけあるだろう。

 実際に、中学校では、“ガイジ(害児)”という言葉が流行った。

 “ガイジ”は害児から生まれた言葉らしい。例えば、友達がアホなことをすると、そこに向けてガイジと言うのである。

 集会で、先生が咎める必要がある程に流行った。

 未だに使う人は多く、アホとか、馬鹿と言えば済むところを、“害児”と言う同級生もいる。

 私は、そんなことを軽く口にできない。記憶する限りでは、使ったことがない。

 こんな風に、障碍者は理解されず、配慮されないことがある。

 先生の目が届かぬ所で、彼ら、彼女らは、馬鹿にされてはいないだろうか。軽蔑されてはないないだろうか。虐められてはないだろうか。

 私も通り過ぎて来た、小学校、中学校では、特別支援学級が存在したが、そこには必ずといっていい程、差別的な態度が存在していた。私だって、そういう態度が少なからずあったかもしれないが、それを意識して、彼らに寄り添える人であろうと努めてきたつもりである。

 小学校では、“同じクラス”のダウン症の女の子に寄り添った。そうするうちに、とても彼女に信頼されたのか、私は彼女に凄く好かれた。嬉しいものだった。

 中学校では、農村への宿泊体験の時に、同じグループに二人の特別支援学級の同級生がいて、一緒に行動した。そこに至った理由は、私が、彼らと日頃から“クラスの仲間”として接していたからだったと思う。二人のうちの一人は、一般級では笑うことも少なく、口を固く閉ざしているような生徒だった。しかし、日頃から声をかけたり、優しく接していると、私に対して、イタズラっ子の顔でちょっかいをかけるようになった。その顔は笑っていた。

 人が自分に対して心を開く瞬間というのを、何度か私は経験してきた。そして、その喜びが、私を彼ら、彼女らに対して、無関心ではいられなくしたのかもしれない。

 校長は、教育委員会の人間は、学校の少数派について何も言及しなかった。

 長く、まとまりのない文章になった。

 末筆になるが、世界における不平等に言及する前に、目の前の多数派の視点を、最も身近に存在している少数派に向け、寄り添う方向へと導く言葉が、彼ら、教育者の上層部にいる人間の口から、大切な日に聞きたかったと思いながら、この思いを、その翌日に表したものが、この文章である。

 身近な不平等に目を向けずして、世界の不平等に目を向けることはできないと思う。

 この記事を通じて、一人でも多くの人が、少数派に、とりわけ、障碍者を“理解”しようと努め、この先も、彼らを決して見離さないでいて頂けるのなら、この上ない幸せである。

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興味のある方は、以下の記事にもアクセスしてみてください。

(7)自閉症・情緒障害教育:文部科学省

 

 

 

 

 

 

 

環境と信仰

この世の中で、環境問題が起こることは経済学的には当然のことである。

私有地を除いた、海や山、川、インフラは全て公共材であるため、誰もが無料で好きなだけ利用できるから当然なのである。

公共の場所は、ゴミが捨てられ、乱雑に扱われ、行政が努力しなければ、瞬く間に荒廃してしまう。

そのような行動をする人の多くは、自分に損失がないことを前提にして行動しているのだろう。実際には、直接的、間接的に損失が生まれているにも関わらず、認識できていないためであろうが。また、認識をしているが、その事実が都合上宜しくないために、どこかえ捨て去ってしまっているのであろう。

公共の場所を乱雑に扱っても、自然以外であれば、やがて修復されるし、自然についても、もはや自分の生涯には支障はないと考えているのではないだろうか。

多くの人間は、自分と自分に関与する人間、環境さえ良ければいいのではないか。

見えていなければ気にならないのではないか。或いは、当事者でなければ他人事なのではないか。

これは、仕方がないことで、私だってそうである。

ただし、認識できていなかった損失が、本当の意味で認識できた時には、多くの人間が行動を改めるだろう。あるいは、見えていなかった世界が見えた時には、多くの人間の行動が環境に優しくなるだろう。

環境に配慮することは、紛れもなく人類にとっての共通の利益を生むからである。

自分の関わる孫までなら頑張るが、曾孫の世代はどうでもいいなんてことはないはずである。

ただ、環境問題は未だに解決の糸口が見えていない。

そこで、何らかの(広義での)宗教を信仰している人間の環境に対する配慮について、ひとつ仮定の話をしたい。

例えば、ある神を信仰しているとして、その神が善良な神であれば、信者は善良な行動をとらねばならない。神は見ているからである。天国に行くものが、この世で善行をしたものであるなら、海にゴミを投げ捨てたり、過剰に森林を伐採したりすることは簡単にはできないだろう。そのような単純な理屈で、宗教の信仰は環境に良い場合があると考えられる。

権威のある宗教家が、環境に対する配慮をより強く説くことは、役人が、スローガンを打ち出すよりも実効性があるかもしれない。

これは、宗教信仰の持つ、一つの良い側面である。

また、こんな自分は許せないといった信条も、ある面で宗教における神のごとく機能することになる。

私の場合は、とりわけ信条に従って行動しているが。ただ、これも、信条を信仰していると言えるかもしれない。

公共財としての環境に配慮することは、他人に配慮することである。

ならば、他人に優しい人間である、という信条に今一度、忠実になるべきだろう。

 

 

ナルシズムがもたらす社会への好影響

 

ナルシズムが良いものとして語られることは、少ないのではないだろうか。

しかし、ナルシズムを適切に、教育の中に取り入れることで、自分を大切にできる人間を育てることができると考えている。

自分が大切にできる人間は、自らの命を断とうとはしない。また、自信を持っていることで、いじめを受ける可能性を減らすことができるかもしれない。

さらには、自らの不満を原因とした犯罪率の低下にも繋がるだろう。

自分を大切にできない人が、他人を大切にできないなんてことも耳にしたことは、誰しもあるのではないか。

今では、InstagramをはじめとするSNSを通じて、自分を発信することで承認欲求を満たすとを通じて、自分に自信を持つ人も増えたかもしれない。

ただ、それでも、例えば欧米人に比べて、自信の無さが滲み出る程度が大きい人は、日本人に関しては多い気がしている。そして、それが日本の暗さに繋がっているとも考えている。

これまでも、ナルシストは嫌われる要素として何度も話題になった。
たしかに、鏡をいつまでも、何回も見つめ、自分の容姿に見とれる姿を周囲に晒すことは、周囲の人としても違和感があるだろう。

言うまでもないが、自分が好き過ぎるために、自分に関する話ばかりをする、所謂、自分語り人間は好まれないことは当然である。過剰な場合や、それが周りに迷惑な場合を除いて、自分を愛することは、自分のことを大切にすること、自分に自信をもつこと、と同義であるから、むしろ、褒められるべきことである。
ここで例をあげると、日本でフィットネス文化の発展が遅れている一因にも、反ナルシズムの風潮が関係していると考えている。

自分の身体を鍛え上げ、なりたい自分になることは、自分を好きになることに繋がる。

そして、自分に自信が持てるようになるフィットネスは適度な場合には非常に良いものである。
筋トレの宣伝の様になってしまったが、これは欧米人と日本人のナルシズムに対する認識の差違を特徴づける事例であると考える。

また、十分なナルシズムを持った子供を育てることに意義を見出だすことができる。
子供がいじめをする、またはされるという時には、そこに劣等感を伴うことが多いと考えられる。いじめの当事者は、他者より何かしらで劣った人間だという感情を、他者を貶めることで蔑ろにすると考えるからである。

いじめのターゲットとされる側に一切の責任がないことは明らかである。
ただ、いじめの標的となる可能性を低下させる力がナルシズム教育にはある。
子供が自信を持って学校に通い、ある分野で活躍できる場があれば、その子供は学校で居場所を得られることにも繋がる。子供には、運動、芸術、学問など、なにかそれを磨くことにより、学校教育の中で活躍できる能力を一つでも良いから植え付けさせるべきだろう。

例えば、足がかなり速ければ、それだけで彼は自信や、学級内での居場所、アイデンティティーを形成することができ得る。そのように、自分にこれだけは自信があるという何かを持つことは、非常に大切な、自己防衛であり、健全な発育の過程である。そのような状態に子供を置くためには、褒めて伸ばす教育は非常に有効であろう。褒められることで、自信が持てるようになるからである。
学校で活躍できるような能力水準に達することが、どの分野においても出来なかった場合でも、親だけは子供を常に肯定的に捉えて、例えば、性格や容姿を褒めて、自信をつけさせなければいけない。それは甘やかすこととは異なる。

ただ、常に様々な競争に晒される発育期においては、子供が自信を失ってしまわないように気を配らなければいけないだろう。
もちろん、このような話では、自尊心が大切。
自尊心は、ナルシズムと密接に関わり合っているからである。
健全な自尊心があれば、他者に対して思いやりを持つことが当たり前にできるはずである。
慎重かつ丁寧な教育の末に、自分のことが好きで、自信があり、他者に対しても優しい人間が育つことが最も望ましいことである。

 

経済制度について


経済制度を如何に施行していくべきかという議論については、ある一つの型のような、或いは、世界共通の公式のようなものは存在しないだろう。

急進的な改革により大きな経済成長を遂げた日本が在れば、急進的な社会主義から資本主義への方向転換を図り、経済的な混乱に陥ったロシアが在る。さらには、ロシアの様に社会主義国家であった中国は、漸進的な資本主義への移行を行い、急激な成長を遂げたという事実がある。以上の様に、国により経済構造、国民性、気候、歴史、宗教といった様々な要素に差異がある中においては、其々の性質に適った制度というものが在る。

当然、このような経済の問題について議論をする、或いは考える時には、経済成長自体がどの程度まで成されるべきなのかということに常に留意すべきだろう。ただ、現時点で発展途上国が在り、そこで貧困が起きているからには、一人でも多くの貧民を減らす方向に繋がる、数々の先進諸国が経験してきたような、経済成長を遂げることが可能な経済制度を我々は考えなければいけない。

そこで、抽象的になるが、世界の200程在る国を考える上で、重要な観点になるだろうと私が考えているのが、「生物学的原則」という観点である。つまり、世界を人工的な経済理論の中に当て嵌めるのではなく、世界全体を一種の生物のように見なして科学的な分析を施し、それに基づいた経済制度を発案、施行していく姿勢が重要かつ、順序としても健全であると思う。日本も、戦前、戦後と政府主導の謂わばトップダウン型の発展を遂げてきたが、現在は、例えば教育という面において苦労しているように思う。そのような面にも、西洋的思想という名の世界共通理論(システム)の無理矢理な当て嵌めが在るのではないか。

淡水魚を海水で育てることはできないのではないか。今一度考えてみる必要があるかもしれない。

最後になるが、私自身、経済という学問を通じて、世界(現実)を柔軟かつ的確に捉えていきたいと思うと同時に、洗練された経済制度もそのような思考の結果見えてくるものだと考えている。

夢について

 

私の目標は、学者になることです。この文章ではこれ以上触れませんが分野は、経済学の範囲で考えています。これは、大学に入学し、大学で実際に大学教員(学者、研究者)を見て、単純に憧れたという程、単純な理由ではありません。

遡れば、私は、中学生の時には既に、教えることが楽しいと気付きいたこともあり、“先生”という職業を魅力的に感じ、その頃から自分の将来の職業は、学校の先生でした。中学生の当時は、社会が得意だったこともあり、おそらく、中学の社会科の先生になりたいと思っていたはずです。小さい頃から、地図や国旗が好きだったことが、社会科を得意にさせた所はあると思います。そんなことも繋がり、高校生になると、高校の世界史が良くできたので、“高校の”世界史を教えたいと思うようになりました。ただ、“高校で”という思いよりも、“高校の”という思いが強くなっていきました。理由として、“学問を教えること”に魅力を感じていたので、授業以外の様々なことに労力を割かなければいけない高校教員に成りたいと思えなかったのです。(大学教員も、授業、研究以外にも学内行政や雑務など様々な仕事があるが、高校教員のそれとは質や量が異なると考えています。)

小、中学生のレベルの学問は、教えるには味気ないものだと思い、高校生に教える職業に就きたかったわけでした。

となると、“予備校”だ!と必然的に連想し、ひたすら予備校の世界史の先生に憧れたことは、昨日の事のように思い出されます。当時、河合塾という予備校に通っており、そこで授業を受けた世界史の講師が、非常に楽しくて、面白い授業をしてくれたことで、憧れはより強まりました。勉強サプリ(現スタディサプリ)という通信教育も、受験期には始め、その中で出会った世界史の講師である村山秀太郎さんには、さらなる感動を与えられ、彼のような授業が出来るようになりたいと思ったものです。

そして、いよいよ大学受験を迎えたわけです。

予備校の講師を最終的な目標としつつも、教員免許は取っておくべきとの考えで、地方国立大学の教育学部の中等社会科を真剣に目指しました。しかし、あと一歩及ばずに、地方公立大学の経済学部経済学科へと、入学することになりました。そこで、教育免許を諦めるに至りました。さらに、予備校講師の職業の不安定さなどを知り、最終的に大学の先生はどうだろうか、と考えるようになりました。そして、日々の大学生活を通して、実際に大学の先生の授業を受けるようになり、大学教員(学者)という職業に強く興味を持つようになりました。そして、書籍などを通じて、どんな職業かを知り、自分に向いているのではないか、と思うようになりました。

“教えるだけではなく、学び、創造していく職業”

は、自分にとってこれ以上ない魅力的なものとなっていきました。教育者であり研究者、これは、教えることも、学ぶことも好きな自分がなるべき職業だと思ったわけです。

そして、本を読み、文章を書くことも小学生の頃から好きだった。

文章を書くことに関しては、幼い頃からよく誉められていたこともあり、自信が持てるようになったことが今に活きていると思います。

読書については、大学に入り、時間ができたことで、突如、目覚めた感じはあります。様々な本に出会う中で、より、学問の魅力、教育の魅力に魅了されていきました。中でも、斎藤孝さんの、『読書力』、『教育力』、増田四郎さんの、『大学で学ぶということ』、和辻哲郎さんの『風土』といった書物は、そうした意味で私に大きな影響を与えることになりました。

憧れだけでは、当然、なれる職業ではありません。狭き門です。ただ、学問に、教育に、そして文章という、人間の生み出した至高の産物に魅了され、憧れ、それを生業にしたいという気持ちが収まることはないでしょう。

私は、要領の良い人間ではありませんし、民間企業で、てきぱきと仕事のこなせる、世間一般のサラリーマンとして自分の納得が行く成果を産み出せるとは思いません。ただ、自分の歩調の中で、じっくりと物事を考えること、人に言葉を送ることを通じて、成果を残せることに自らの秘める可能性を感じています。

日々、哲学的なことから、世の中の様々な出来事まで、色々と考えて生きているという自覚があることも、自信になっていることでしょう。

それだけに、時には、理屈っぽく感じられたり、面倒くさい人かもしれません。しかし、あらゆることを筋道立てて考え抜いた結果、うまれてくるものは複雑でありながら、とても美しく、意義深いものだと信じてます。

 

だから、ただひたすらに、一つでも多くの価値ある、論文、書物等を

“世に残し”、社会に貢献することができるように、今は努力をするのみです。多くの学生の前に立ち、教鞭をとり、研究の成果を、世に認められる日のために。

 

ご挨拶

こんにちは。

とある公立大学の経済学部の学生です。アメブロの方では、大学生Nという名前のもと、書評を専門にブログ運営をさせて頂いています

そして、はてなブログにつきましては、書評一点張りではなく、自分らしく、書きたいことを書いていこうと思ってます。

はてなブログ解説の理由としては、

今現在、学部の二年生ですが、近い将来に大学院への進学を視野に勉強(まだまだ甘いが)しているので、このようなブログを通じて、今の内から様々な思考のアウトプットをしながら、書くということを突き詰めていきたいと思いがあります。

時に短く、時に長く、拙い文章が並ぶことになると思いますが、少しずつ少しずつ、自分の文章に自信が持てるように、そして、なにより創造性に溢れる人間に成れるように、楽しみながら書いていきます。

そして、公開するからには、ブログに訪れた皆さんにとって、利益が少しでもあるような、旨味のあるブログになれば、この上ない喜びです。

 

          平成最後の冬の最中に